合併できなかった蕨市とその周辺 蕨市は、全国の市の中で最も面積が狭く、区町村を含めても１１番目に狭い。人口密度は全国で一番高い（東京２３区を１つの都市とした場合）。また、日本の市町村を「５０音順」に並べたら最後になる。 蕨という名前は歴史が古く、地名の由来は主に２つ。 源義経が立ちのぼる煙を見て「藁火村」と名づけた、あるいは在原業平が藁を焚いてもてなしをうけたところから「藁火」と命名したという「藁火」説。 憎慈鎮の「武蔵野の草葉にまさるさわらびをげにむらさきの塵かとぞみる」の歌から名づけた、あるいは近隣の戸田市や川口市にもある地名（笹目、美女木など）のように、植物にならって命名したという「蕨」説。 この小さな市は、北をさいたま市、西を戸田市、東を川口市と接している。いずれも大きな市である。 蕨駅は川口市に近接する市の東部にあり、周辺が蕨市街。蕨駅東口の繁華街はすでに川口市だ。 蕨駅西口の商店街は、埼京線開通前は戸田市からも買い物客が来るほど栄えていたが、埼京線が戸田市を貫通する形で開通してからはさびれてしまった。 平成の大合併のとき、蕨市にも川口市、鳩ヶ谷市との合併案があった。蕨市、鳩ヶ谷市ともに、小さな市である。合併方式は「新設」だったが、実質的には川口市への吸収に近いものだった。 ところが、住民投票で五位だった「武南市」が合併協議会で可決されたことに対し、川口市民から大きな反発の声が上がった。その結果、川口市は法定合併協議会からの離脱を決定、合併構想は消滅した。 事実、「川口市」は一万票以上あり、「武南市」は６００票足らずだった。 日本全国で同じようなことが起こったのが、今度の合併劇だった。川口市民の気持ちはよくわかる。「武南」などという、まさに無難な名前は、町名を〝記号〟としか考えない発想だ。武州の南にある――というだけのことなのだから。 私の故郷の愛媛県でも「四国中央市」「愛南町」「西予市」などという、やや趣きに欠けるまちができた。私の故郷の宇和島市でも、舟大工町、一宮下、鋸町といった町名が消え、北だ南だといった町が増えていった。それを考えると、蕨市民、鳩ヶ谷市民には申し訳ないが、「川口市」とするのが妥当だったと思う。 けれども「蕨市」という歴史の香りが残る住所が消えなかったことに、私は清々しささえ感じる。そしていま蕨市は、「小さくても歓びあふれる交流（ふれあい）のまち」をスローガンにしている。とてもいいことだと思う。 合併を逃れ蕨の鰻かな ■中山道散歩ＴＯＰへ |