ＰＡＲＴ３／30年の重み
私たちは50歳。高校時代は同じ「３年６組」だった。当時、彼女には好きな男性がいた。私にも好きな女性がいた。……要するに、そういうことを話し合える間柄だった。
高校卒業後、20年ぶりに再会し、それからまたしばらく空白があったが、数年後になんとなく付き合うようになり、そして2003年の秋に結婚した。知り合って、実に33年ということになる。
もっとも、ずっと付き合っていたわけではないが、少なくとも「昔なじみ」ではある。
一緒に生活するようになると、共にそれぞれの生き方のスタイルがあり、ストレスがたまることもある。しかし、「こいつとの老後なら悪くないな……」そう思える相手だった。
互いに気張ることなく、老眼や白髪や体脂肪の話ができる関係というのも悪くないかな−−そんなふうに思ったのが２、３年前だったような気がする。
私たちはまるで学生のように、旧茶屋亭の常備ノートに長々とメッセージを書き残した。2003年11月１日である。
＊
旧茶屋亭を出る頃には、夕暮れが近づいていた。このあたりには、赤レンガ倉庫が立ち並ぶ。かつての「商港」の名残だ。今では土産物屋やガラス館に衣替えしており、夜になると見事にライトアップされる。
かつて船荷を倉庫に運ぶのに使われていた堀割や桟橋もオレンジ色に光り、吸い込まれそうな感じさえする。
▲ライトアップされた赤レンガ倉庫街
そのあと二人で倉庫街を散策……といっても、お互いに行きたい場所が違ったりするので、思い切って「自由行動」にした。１時間後にこの桟橋に集合にしようか−−−−。
「まるで修学旅行ね」
妻が笑った。
たしかに私たちは好みも趣向も違う。お互い本好きだが、私はノンフィクション系、妻はミステリー系、とこれも違う。だが考えてみれば当然のことだろう。二人とも決して無駄に50年を生きてきたわけではないのだから。
今度の旅でも２，３度ぶつかった。といっても好きなように動けない私が不機嫌になるパターンが多いのだが、突き詰めれば、互いの生活スタイル、行動パターンに、互いが今ひとつ追いつけないということだろう。まあ、焦ることはない。先は長いのだ。
二人が結婚することになったとき、実家の両親（二人とも健在である）は、「なんで最初からこうなりませんでしかなあ」と話したという。だが、私たちが仮に20歳のときに結婚していたら果たしてうまくいっただろうか。性格も考え方も違う若い二人がぶつかって突っ張って、別れていたかもしれない。
もちろん親にしてみれば当然の感想だと思う。しかし私たちが……とくに私がそれを言ってはいけない。言ったら彼女がこれまで必死で頑張ってきたもの、産み育ててきたものを否定することになる。
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倉庫街から駅前のホテルまでは数百メートルだ。途中、「はこだて明治館」で親への土産物を発送し、レストランで食事。夜型の私にしては珍しく朝から行動していたためか、地ビールが喉に凍みた。旅に来て二日目の夜、やっと気持ちがなごむ思いだった。
一緒に旅をしていて、「二人がいいなあ」という部分と、「ここは一人になりたいなあ」という部分がある。後者がときどき頭をもたげるのは、毎年のように一人旅をしてきたせいだろう。
これから互いの役割分担が決まっていくと、本当に「いい夫婦」になるのだと思う。最初から何もかもスムーズにいくことなど、あり得ない。それに一番大事なのは、「この人間とずっと一緒にいたいか」ということだと思う。それだけは「ＹＥＳ」と言える。
−−そんなことを思いながら、最終日は「五稜郭に行きたい」という妻の希望を押さえ（やや不満そうだったが）、「昼間の函館山に行きたい」という私の希望を通した。これまで何度も旅をしてきた経験上、あの夜景だと、昼間晴れていたら津軽海峡の向こうに本州が見えたりして、これはこれで素晴らしいだろうと思ったからだ。
案の定だった。ここは一日いても飽きない場所だ。
▲朝の函館市街
しかし妻はやや不満そうである。彼女にとっての旅は、同じところに何度も行くものではないようだ。
まあ、これは彼女のほうが一般的であって、私の旅のほうがやや異質なのだろう。
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月並みな言葉かもしれないが、結婚生活は長い旅のようなものかもしれない。私たちはかなり遅いスタートを切った。これからどんな「旅」を続けていくか、ある意味で楽しみでもある。
「来年の結婚記念日には、５、６泊ぐらいで函館に来よう」と約束して、あわただしく空港へ向かう。
 ▲夫である。本人は若いつもりでいる |
 ▲妻である。小さくしないとダメだそうだ 寒くて着ぶくれているのであって、太って いるのではないと主張している |
それにしても函館はいい街だ。何日もずっと居たくなる。旧茶屋亭に行く前に立ち寄った元町公園など、港を行く船を見ながら一日過ごしてもいいと思った。今度は二人でそういう旅をしたい。スケジュールに余裕のある旅なら、互いに焦ったり時間の心配をすることもない。
＊
旅行から帰って、もう半年になる。結婚生活は大きな波乱もなく、かといって若者夫婦のようにラブラブというわけでもなく、妙に淡々と過ぎてきた。ときおり、
「オレたち、一応、新婚だよなあ……」
としみじみ話したりする、変な夫婦である。今年はじめ、二人は51歳になった。
